どうも、元汚部屋住人でミニマリストのchieです。
捨て活は自分の身の回りを整理すると同時に、自分と向き合い本当の自分に還っていく行為だと私は思っています。
捨て活初期はもったいない気持ちやら自分を責める気持ちやらで苦しくなったりしますが、その感情の揺れさえもとても貴重な経験です。
さて今日は、私が捨て活を通して大嫌いだった母親との関係を修復したお話をしたいと思います。
私の母の話
母はお料理はしない、お掃除もしない、仕事もしない。いつも何をしているか分からない人でした。だから私は子供の頃からご飯は自分で冷凍食品を温めて食べる。家は散らかり放題。そんな家庭でした。
母は私を見るたびに、ブスだデブだと容姿を罵り、可哀想な顔なんだからせめて学歴だけでもつけてエリートになりなさい。と私に友達と遊ぶことを禁じました。
母の意に沿わないような言動を取ると暴言・暴力は当たり前。いつもお金がない、お父さんの稼ぎが悪いからだと父のことを下げるような発言も当たり前。
それでも私は母に喜んで欲しい振り向いて欲しいと必死に勉強を頑張りましたが、100点をとっても塾で一番になっても褒めてもらえず。母はそもそも自分以外の人間に興味のない人でした。
毒親という言葉との出会い
どこの家庭でも母親とは私の母親のような人だと思っていたのですが、ある日『毒親』という言葉と出会いました。何気なく定義を見ていると、え?私の母親のこと?というようなことが載っていました。
あ、やっぱり私の母親っておかしいんだ、毒親なんだ。それから私は母のことを毒親認定し、母は私が結婚しても尚束縛してくるようになりました。
思い込みってすごいですね。私が母を毒親認定したからこそ、母はどんどん毒親になっていきました。
母との確執
母を毒親認定してから私と母の関係はどんどん悪化していきました。私は母からの頻繁な連絡や手紙、贈り物に疲れ果て、お引越しをし、LINEや電話やメールはブロック。一切の連絡を絶って10年が経ちました。
10年間私は毎日母を呪っていました。母親さえまともだったら、私の人生はもっと良かったはず。と本気で思っていたし、何か自分に都合の悪いことが起こったら全て母親が私のことを愛してくれなかったからと全てを母のせいにしていました。
自分の人生に責任を持たず、母に愛して欲しいと母に執着していたんです。
捨て活を通して
元汚部屋住人の私は捨て活を通して、いかに母親に愛してほしかったかに気づきました。母に気に入られるようにと買った物ばかりが汚部屋にたくさんあったんです。泣きました。私は私の人生を生きていたのではなく、母に愛されるための人生を生きていたんです。
それに気づいて一つずつ物を手放しました。手放して手放して手放して。自分と向き合って向き合って向き合って。ふともっと自分を大切にしようと思えたんです。
そう思った時、私は実は母からもちゃんと愛されていたんじゃないか?と自然と思うことができました。
子供の容姿を馬鹿にしたり、家事をしなかったり、父親の悪口を子供に言ったり。母は決して出来た人間ではなかったかもしれませんが、子供が一人で生きられるようにエリートになって欲しいと願っていたんじゃないか?良い人生を送って欲しいと願っていたんじゃないか?そんな風に思えてきたんです。
私の母はきっと不器用でストレートに愛を表現できない人なんだと思います。それに気づけた時に私は母を何の努力もなく赦すことができました。
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『赦す』って相手がいて初めて成り立つと思っていたのですが、実は自分一人だけで誰かを赦すことができるんです。
母が私にあの時はごめんねなんて謝ってきたことなんて一度もありません。それでもいいんです。きっと私は母にちゃんと愛されていたと感じるんです。
母が今どこでどうしているか私には分かりません。生きているうちに会えるか会えないかも分かりませんが、幸せであって欲しいとは思います。
捨て活は私に大切なことをたくさん教えてくれました。物と自分と向き合い続けて本当に良かったなと思います。
捨て活を通じて皆様がより良い人生を送れますように。


